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探偵小説 マリアバックナンバー 第6話〜第10話 登場人物紹介ジャック天野 探偵 沢田久美 探偵助手(天野の事務所に居候) 井上夫婦 家出調査依頼人 井上幸太 家出少年 マスター 純喫茶<憩い>のマスター ヒロ 井上幸太の友人 東谷 井上幸太の先輩 渡辺翔 上に同じ 山本 下請けの調査員 あらすじ大阪で私立探偵を営むジャック天野のもとに、ある日中学生の家出捜索の依頼人夫婦が訪れた。この依頼を発端に事件に巻き込まれるが…… 10話 三人はリーダー格の少年を先頭に、薄き気味悪いドクロマークのステッカーが貼られた鉄扉を開け、まだ開店していないと思われる<Do Black>に入っていった。ともに上目遣いでどことなく暗い雰囲気だ。 (さて、どうするか?) 久美が張る<YOU>は相変わらず人の出入りはないようだ。もしあの店の店員が渡辺翔なら必ずここへ来るだろう。 <YOU>の方は引き上げて、おれと合流する段取りを電話で久美に告げた。 「どうですか?」 ターゲットの自宅で張り込む山本が心配そうな声で電話をかけてきた。 「さっき言ってた例の店に入りました。乗ってたんは三人ですわ」 「そうですか。こっちはどうしましょ? とりあえず動きはないですが……」 「引き続きお願いします。こっちは例の店で張ってますから、何か動きがあったら連絡して下さい」 「四ツ橋ランプの近くでしたね? じゃぁ何かあれば無線で」 「了解。よろしく」 ターゲットの自宅は、もう1〜2時間で母親が戻るだろう。山本には家人が戻るまで張り込みを続行するよう指示した。 ちょうど電話連絡を終えたところに久美が到着した。少し荒っぽい態度でおれの車の助手席に乗り込んだ。 「あぁ、しんどっ!」 4時間ほどの立ち張りだったためか機嫌は良くない。 「んな大層な。まだ3時過ぎやで。これから、これから」 「ずっとこの店見るん?」 どうも嫌な顔をする。 「なんか都合悪い?」 「都合は悪ないけど、ヤバいでぇここは。そのうちガラの悪い兄ちゃんに囲まれるわ」 久美は気がすすまないのか、いつになく消極的だ。しかし、この店を取り巻くウジ虫たちの怖さを知っているからこそ、そう思うのかも知れない。 「ヤバなったら逃げようや」 意見があったようだ。お互い薄っすらと苦笑いを浮かべた。 「さっきの<YOU>は渡辺らの溜まり場なんやろ? 家は?」 「わかりません」 シートを深く倒し、両手を後頭部で組んで寝たフリをしながら久美が言った。コイツの癖で、仕事が上手くいかなかった時はこういうふて腐れた態度をとる。 「店はなんでわかったん?」 「昔の友達に聞いた」 「んだけ?」 「ボスはなんでわかったん?」 「オカマのマスターに朝教えてもろたとこや」 そう言えばマスターが渡辺と昔に付き合いがあったと言っていた。 「お前8時になったらあのマスター見てくれへん?」 「えっ!? ウチが? 気持ちわりいなぁ、なんか」 久美はマスターのことが生理的に好きになれないのか、以前から敬遠していた。一緒に店に行っても飲み物は飲むが、マスターが調理した食べ物は、いくら空腹でも口にしたことがなかった。 「ええ人やで。面倒見もええし」 「なんでそんな面倒見のええ人尾行すんの?」 「なんか変に詳しいんよね。引っ掛かることもあるし……」 「面割れてんで、ウチ」 「大丈夫。女には興味あれへん」 おちょくられたと思ったのか、ぶすっとふくれた。まさか一人で得体の知れない人間の尾行をさせるわけにもいかない。相方は山本に頼んだ。 午後6時。店の主である黒人が眠気眼をこすりながら、看板を持って二階から降りてきた。少なくともコイツとさっき入った三人が店内にいるはずだ。 「あれ? アイツ見たことあるなぁ」 ポツリと久美が言う。 「どこで? いつ?」 「いつやろ……」 久美は思い出そうと、上を見上げ目をつぶった。 5分ほど考えるが、わからない。 「でも多分見たことあるで、昔やけど。右の肩にドクロのタトゥーが入ってるわ」 間違いない。タトゥーは先日おれも確認している。 「これ系か?」 と、腕に注射を打つ仕草をして見せるが、久美は首を傾げ考え込むだけだ。 「わからん」 そう繰り返すだけだった。 このページのトップへ 9話 山本とは5年前に、ある調査の現場で知り合った。考えて見ると面白い出会いだったかも知れない。 その出会いは、いわゆるバッティングとでも言うのか、おれが引き受けた70過ぎのじいさんの浮気調査に、同じように少し痴呆症が入った依頼者に依頼されて浮気調査をしていたのが彼だった。 猜疑心が強いこの75歳の依頼者は、複数の探偵社に夫の浮気調査を依頼していたらしく、おれに依頼したことをすっかり忘れ去って、さらに山本にも同じ調査を依頼していたことが後からわかった。 現場で気づいたのはおれだった。じいさんが家を出て、すぐに後を尾ける男がいた。張り込みの時点でおかしいなとは感じたが、ちょっと不思議な体験だ。 そのままやり過ごし、じいさんが将棋教室に入ったところで山本の肩を後ろから叩いて声を掛けた。ギョッとした顔でおれを見る山本の顔は今でも鮮明に覚えている。と同時に、思い出すとお互いふき出して大声で笑ってしまう、そんな出会いだった。 やつの仕事ぶりはシュアー。まず仕損じることはない。その上、口が堅いことが二人の関係を長続きさせている。お互い、相手の仕事のことに立ち入って説教することもなく、ただ、共有する仕事で目的を完遂することでのみつながっている、そんな感じか。 おれの方からは何度か「一緒にやらないか」と共同経営的なことも勧めたこともあるが、この仕事をするやつの性格は決まって一匹狼を好むものだ。そのせいかどうかはわからないが、もう足掛け5年にもなるが、お互いのプライベートなことは話した事もない。 ほんの30分ほどで現着したと連絡があった。状況はおれが張り込んでいた時と同じ、エアコンの室外機だけが忙しそうに回っていると言う。 おれと久美が張り込んでいる<喫茶スナックYOU>は客の出入りが極端に少ない。午後2時を回るこの時間でも、おれが店を出てから入店客は1名。ママがここ1時間で7回も出前に出ていることから、それがこの店の営業形態なのだろう。 3時を回り、2時前に入店した客が出る。さらにその後に続いて、今朝入ったと思われるバイクの少年が黒いヘルメットを首から後ろにぶら下げて出てきた。 例によってバイクにまたがり、キーを入れ、セルを回した途端、下品な音が四方八方に響いた。発進前に久美を降ろし、この場所での張り込みを続けるよう指示すると、同時に少年のバイクは北へ発進した。追尾する。 バイクは平日でも若者たちで賑わうアメリカ村の目抜き通りを一方通行に沿ってジグザグ走行で北進、1筋目を右に折れて御堂筋に出た。 ちょうどバイクが御堂筋を右折したところで、おれの車はあえなく前車に進路を阻まれ尾行不能となった。信号で詰まる前に、すでに山本の携帯の番号を押し、ハンドルを片手で叩きながら、少年のバイクがターゲットの家に向かうかも知れないと連絡した。 少し遅れたがそれでも10分弱でターゲット宅に到着、あまりの早い到着に山本が目を丸くしていた。 「早いッスね〜」 現場においては無線でやり取りするのがおれ達の流儀だ。 「この辺を縄張りにしてるタチの悪いやつらが相手やしね」 あまり詳しくは説明していないからか山本はいつもの調子だった。 「ここにターゲットがおるんですか?」 「そうそう。今も寝てると思います」 「昨日遅かったんですか?」 「いやいや、ジャンキー。一昨日の夕方からずっと寝てます」 「ほぉ……」 山本の声が神妙なトーンに下がった。 「なんか怖いね。ヤバい仕事?」 「ただの家出調査ですわ」 苦笑しながら大体の仕事の概要を説明した。ターゲットが家出少年であること、ミナミ一帯の不良グループに属していること、不良グループの状況、ターゲットが恐らく薬におかされていること。しかし、おれが襲われそうになったことは、敢えて言わなかった。 世の中も変わったな、と、一通り説明を聞いた山本が言ったとき、黒いワゴン車がターゲットの家の前に横付けして停まった。サイドはおろか、フロントガラスの半分までもがブラックフィルムで覆われ、運転手以下、この車に乗車している人物の顔は確認出来ない。 かすかに三つの頭が車内で動き、ターゲットの家を覗き込むような姿勢をとっていることがわかった。 ワゴン車は5分ほど停車し、誰も下車せず、静かに発進する。山本にはここに残るよう告げ、後を追った。 車は御堂筋に出て北進、元町2丁目の交差点から四ツ橋筋に入り、さらに北進する。5車線ある一方通行の四ツ橋筋はいつものように渋滞していた。その中の一番右の車線をノロノロと渋滞にのまれながら進むワゴン車を、割り込みを避けるために、おれはすぐ後ろに尾いていた。 車はちょうど阪神高速の四ツ橋ランプへの案内板が出ている交差点で右に折れ、同ランプの手前で停車。降りたのは3人。助手席から降りたのがバイクの少年。運転手は見覚えのない20歳くらいの少年。後部座席からは二人のリーダー格と思われる20歳過ぎのガラの悪い兄ちゃんが降りた。 次の角を右に曲がると、<Do Black>が見えた。 このページのトップへ 8話 ターゲットの家は1階2階とも雨戸が閉められ、エアコンの室外機だけが忙しそうに回っていた。 依頼者夫婦が寝入っているわが息子のためにつけっぱなしにして出て行ったのだろう。この辺からも夫婦のこの息子に対する過保護ぶりが感じられる。 おれは少し距離をおき、遠巻きに自宅を監視した。まだ朝ではあるが外の気温は30度は超えている。エンジンを切った車内はすぐに蒸し風呂状態になった。 11時を少し回ったときに、一台の原付バイクが下品な音を撒き散らしながら、ターゲットの家の前を通過した。乗っているのは高校生くらいの男。通り過ぎる際に家の様子をうかがっていた。ナンバーは上方に折り曲げられ確認出来ない。 おれは車を発進させ、その原付バイクを追いかけようとすると、再び同じ経路でバイクが路地に入ってきた。男は今度はターゲットの家の前でバイクを降り、門扉を開けて、玄関のドアを叩いている。 「井上く〜ん!」 と、大きな声で呼びかける声がなんとも子供らしくて笑えた。 男は無理にドアをこじ開けようとするが、施錠されたドアはそう簡単には開かない。名前の連呼とドアを叩く音で交互にリズムを奏でるがターゲットは出てこなかった。 10分ほどで男は諦め、バイクに乗って走り去った。すぐに後を追う。 バイクは表通りの御堂筋に入り北進、元町2丁目の交差点から四ツ橋筋に入り、そのままさらに北進し、道頓堀川を渡ってすぐに右折した。 おれはバイクが右折をするのを確認するも手前の信号で渋滞に巻き込まれ足止めを食らった。 やっとのことで信号が変わり、同じ道を一歩遅れて右折する。当然のように少年のバイクの姿はなかった。 ラブホテルが立ち並ぶ一角を東へ通り抜け、アメリカ村の南端に差し掛かったとき携帯電話が鳴った。 「前通ったで」 電話は久美からだった。 「何が?」 「何がて。ジャクさんが」 近くにいるらしい。 「こんなとこで何してんねん」 「何って、昨日言うてた渡辺の調査やんか。今、車停めてる後ろが溜まり場らしいで」 車内から後ろを振り向くと、携帯電話を片手に手を振っている久美の姿が確認できた。自分が立ってる右側がその店だという。 後方から大型トラックが接近してきたので、とにかく車を発進させ、一方通行を大回りして迂回し、店の手前で久美と合流した。 ここ、と指をさすところには聞き覚えのある店があった。 <喫茶スナック YOU> まさに今朝、<憩い>のマスターに教えてもらったその店だった。 「さっき、バイクの兄ちゃんが入らへんかったか?」 「あぁ、来たで。そこの紫のバイクやろ?」 バイクは向かい側に停めていた。すると、この少年も渡辺の手下か? 店の中の様子はと聞くが、見ていないと言う。構造上、表からは店内は窺い知れない。いわゆる店舗付き2階建て住宅で、10坪ほどの敷地に隣とひしめき合って立っている。表に面した窓はない。ドアが一枚あるだけだった。 「出入りは?」 「ウチも30分ほど前に来たとこやし、そのバイクの男が入っただけや」 久美はこの店を遊び友達に聞いてきたという。おれ達が探している渡辺はこの辺ではそれなりに名の通った不良で、年は19歳、不良仲間では知らない者はないらしい。 さらに久美が集めた情報によると、この店は30歳くらいの女がママをしているが、オーナーは他にいて、渡辺はここをねぐらにしていると言う。 そんな情報を交換していると、ちょうど店のドアが開き、30歳くらいの女が出てきた。アイスコーヒーを三つ盆の上に載せ、東に歩く。 尾行はひかえ、そのまま張り込みを続けると、ものの数分で戻ってきた。女の顔を一眼レフで捉え、数回シャッターを切った。女はなかなかの美人で、恐らく30は過ぎているだろうが、かなり若く見える。 おれは思い切って、店に入る事にした。久美も一緒にと言うが、面が割れるのは最小限の方がいいと判断し、久美を車に残し、ドアを開けた。 店内には客は無し。ママがカウンターで暇そうにタバコをふかしながらおれを迎え、アイスコーヒーを注文すると、カウンター越しに厨房にいる男にオーダーを入れた。 厨房の男は、さっき入ったと言う少年では無い。もう少し歳が上か、20歳前後と見られた。容姿ははっきりは確認できないが、肩までのロン毛で少しすねた顔立ちだ。恐らくさっきの少年は、この男がいる厨房の奥にある階段から二階の住居に入ったのだろう。 出前注文の電話が3本立て続けに入った。店がにわかに忙しくなる。4本目の電話にママが出たとき、おれは立ち上がり、カウンターのレジの前に立った。 「しょうちゃん、お願い」 と、ママが言う。電話で手が取られているので、レジを打つよう男に頼んだ。 (しょう?) これが渡辺翔か? さらにカウンター奥の壁に食品衛生管理者証が掲げられている。責任者名は渡辺幸代。この女の名前か。すると二人が親子の可能性もある。が、19歳の男に30過ぎの母親……ちょっと想像はつかないが、確認する価値はあると見た。 つり銭をもらい、出前の電話が終わったママに、 「夜もママがやってんの?」 と、気軽に声を掛けた。 「はい! 良かったらいらしてネ」 ママは愛想よく言うが、厨房の奥からおれを睨む男の鋭い視線を感じながら、店を出た。 「どうやった?」 車に乗り込むやいなや、久美が興味深げに聞いてきた。 「ママが厨房の男を『しょう』って呼んでた……。親子かも知れんで」 「マジで? あのママ30くらいやろ? 子供19歳やで。そらないでぇ」 「ほな姉弟かな? とにかく身内やでありゃ」 「翔の女ちゃうの?」 「その方が考えにくいやん。19と30過ぎやで。ないとも言えんけど、女の名前が渡辺幸代やしな、多分」 おれは携帯電話を取り、情報屋に二人の住民票を請求するよう依頼した。近頃は仕事が無くて、と愚痴めいたことを情報屋の一郎はぼやいた。 こうなると、ターゲットの井上幸太の家よりここの方が優先される。続けて携帯電話で山本に電話を入れた。 山本は、もう5年ほど付き合いのある探偵仲間。歳は彼の方が3つほど上だが、お互いフランクに付き合い、相互に仕事を応援したり情報を交換する間柄だ。かといってそれほど親密な仲ではない。どちらかというと仕事を通しての乾いた関係であるとおれは思っている。 急な応援要請だったが、向こうもよく心得たもんだ。現場の住所と仕事の概要を簡単に説明すると、すぐに向かう、と二つ返事で快諾してくれた。 このページのトップへ 7話 真夏の早朝の寝苦しさを感じながら、半ばうつろな状態でソファーに横たえていると、デスクの電話が鳴った。反対側の壁につるされた時計を見ると、まだ6時30分を少し回ったところだ。早朝と夜中の電話にはろくなものがないが、10回目の呼び出し音がなったところで受話器を上げる。 「天野さんですか?」 聞き覚えのある声だった。 「はい。おはようございます」 「井上です。おはようございます。特に昨日と変化なく、今日も寝入ってますが、私らこれから仕事に出ますので、後を宜しく」 井上幸太の母親だった。昨日の今日で、ターゲットが起き上がって、また出て行くとも思えないが、一応了解し、9時くらいからでも様子を見に行くことにした。 一旦、起き上がると、もう二度寝に誘われることを感じない不快な朝だ。そのままバスに入り、冷たいシャワーで体の粘ついた汗を流す。 後頭部から肩口の首筋に強めのシャワーを浴びるが、眠気は抜けず、ボ―ッとしたままバスを出た。久美は物音にも動じず、軽い寝息を立てながら眠っている。 軽く紙を乾かし、デスクの横にあるロッカーからプレスのきいたシャツを出す。スーツは昨日のものを着た。ひざの裏側のしわが気になるが、パンツ一丁では張り込みも出来ない。 ロッカーの扉の裏にあった1年ほど吊るしたままのネクタイを引っ張りだし、丸めて手に持ったもったまま事務所を出た。 いつものトロいエレベーターをパスし、裏側のらせん階段を足早に降り、1階の非常ドアから外に出るが、おれの様子を張り込みしているような不審者の陰はないようだ。 まだ7時前だというのに不快指数がやけに高い。車の駐車場所までの300mで背中に大粒の汗が滴り落ちるのを感じた。 車にも異常はない。キーを入れエアコンを最強にして発進し、事務所の前を通り抜け、千日前の商店街を東へ抜けた。 ちょうど、<憩い>のマスターが出勤するのが見えた。店の前で車を停め、少しビックリした顔でマスターに迎えられて店に入った。 「えらい早いやん。なんかあったん?」 少し怪訝そうな顔だ。 「ちょっとね。暑うて寝られんわ。モーニングちょうだい」 店内は外にもましてムンムンと昨夜からの熱気がこもっていた。配達されたてのスポーツ新聞に目を通し、大阪人ならではの阪神談義で和む。 「どうや例の件は?」 マスターが話を向けてきた。 「う〜ん、まぁ色々と……。それはそうと、マスターがこの間言うてた渡辺翔のことやけど、何か知ってる?」 テーブルにモーニングセットを置く手が一瞬止まった。何故かギクりとした反応だ。 「さぁ……」 とぼけたような返答だ。何か知っていると直感したのは探偵としての本能からだった。 「なんかあったんか?」 気を取り直して切り替えしてきた。 「いや、その渡辺のこと知ってた方が今後の段取りが立て易いと思ったし」 ボケにはボケだ。おれが入れない領域があると感じた。 マスターは不機嫌そうな顔で、カウンターのレジの下を覗き込み、名刺入れのようなバインダーから一枚の名刺サイズの紙切れを取り出した。 「ここによう居るって聞いたことがあるけど。でもやめといた方がええでぇ、悪いこと言わんし」 紙切れはどこかの飲み屋のカードのようなものだ。 <喫茶スナック YOU> と書かれている。 カードに書かれた店名、住所、電話番号をメモした。 「常連か?」 「前に私が行った時に『彼女がやってる』とか言うてたけどね」 「結構親しいの?」 軽く突っ込んでみた。少しあごを引いて答えにくそうな表情で、 「昔はねぇ……」 と、回想モードに浸る。 何があったかはわからないが、それなりのパイプを持っているようだと確信し、阪神談義に切り替えて、その場のぎこちない雰囲気を解消した。 何とか友好的な雰囲気に戻し、グラスに半分残ったアイスコーヒーをストローで一気に吸い上げたところで席を立つ。 「あんま首突っ込まん方がええで」 店を出る前に念を押されたが、すでに気持的には大きく首を突っ込んでいた。 時間は8時に少し前と早いが、井上幸太の家に向かった。 このページのトップへ 6話 そのまま車で事務所に向かった。夏休みのせいか暴走族風の若者がそこかしこにたむろしている姿が幹線道路のあっちこっちに見受けられる。 いつもより少し北側に隠すように車を停め、周囲を見渡しながら少し遠回りしたが、それらしいヤツの気配は感じられない。マンションの集合ポストは荒らされたようで、ピンクチラシがフロアに散乱していた。 事務所のドアを開けると、久美が深夜テレビに没頭していた。 「何なにッ?」 突然舞い戻ってきたおれに驚いたのか、目を丸くしてソファーのクッションを抱いて飛び上がった。そう言えば、昔はおれもここで寝泊りしていたが、こいつが居候してからは、夜中にここに戻ることは今日が初めてだ。 「ん? ちょっと気になってね」 「なにが?」 「なにがて変なヤツがウロついとったやろ? 一人シメたったんや」 「さっきのか? なんなんあいつらは?」 「幸太くんのお友達らいいけどね」 PCに向かい、さっきの近藤のメールをチェックする。 どうやらおれの事務所に偵察に来たのは、すべて渡辺翔の指示らしい。 [うっとおしいハエがおるから見て来い] おれの事か。ウジ虫どもにハエ呼ばわりされてもと思うが、考えてみれば親子なので、おれも同類かも知れないと苦笑した。 その次のメールには、どこで調べたのか事務所の住所とおれのフルネームまでご丁寧に書いてある。 [中央区難波南3−3−3山本ビル5F・J&Q探偵事務所・天野若] さらに、このメールに不審な影が見え隠れする。不審とはいってもこいつらのすべてが不審ではあるが、このメールの住所とおれの名前の前にこの一説があった。 [オッサンに聞いたら] オッサンと言うあだ名のガキなのかも知れないが、年配のブレーンを持っているとも考えられる。 メールのほとんどはこういう命令文の受信メールと、それに応答する送信メールが双方で50通ほど。 この中には『マリア』からのメールは無い。それだけこいつが下級の手下ということか。他にこの近藤の同輩と思われる仲間との連絡メールが5通。 「ヤクザみたいなもんやなぁ」 呆れ顔で久美が言う。 「なんせマフィアやしね」 「なんかよう(良く)わからんわ。家出の調査してんのちゃうの?」 確かにそうだとおれはうなづいた。 「それが何でこんななってんの? ほっといたらええんちゃうん?」 「そやねんけどなぁ。親がほら、更正させて欲しいって言うから……」 「そら無理やで」 「なんで」 「もうジャンキーになってんちゃう?」 久美は笑いながらそういったが、おれもそう思っていた。井上幸太のあの顔つきといい、彼を取り巻く変な集団といい、なかなか抜け出してリセットさせてはくれないだろう。 「警察に通報した方が早いで。鑑別所で抜けるしなぁ」 さすがに経験者は説得力があるとおれが茶化すと、久美は少しむっとしてソファーに横たえた。 外が白みがかっている。ふと時計を見ると5時少し前だった。自宅に帰るのも、もう面倒臭いので、もう一対のソファーにそのまま体を沈めた。 目を閉じると、一日の出来事と出会った人間の顔が頭のそこかしこから湧いて出て来て何重にもかさなったが、すぐに疲労感が押し寄せてきて、あっという間に眠りに落ちた。 この物語は完全なフィクションです。登場する人物、団体等の名称はすべて架空のもので、実在する人物、団体等とは何ら関係ありませんので、御了承下さい。 このページのトップへ |
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