探偵さんの“報告書の切れ端”

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探偵小説 マリア



バックナンバー 第31話〜

登場人物紹介


 ジャック天野  探偵
 沢田久美    探偵助手(天野の事務所に居候)
 井上夫婦    家出調査依頼人
 井上幸太    家出少年
 マスター    純喫茶<憩い>のマスター
 ヒロ      井上幸太の友人
 東谷      井上幸太の先輩
 渡辺翔     上に同じ
 山本      下請けの調査員
 シンジ     ドクロの元リーダー
 ユキ      デリヘル嬢

あらすじ


 大阪で私立探偵を営むジャック天野のもとに、ある日中学生の家出捜索の依頼人夫婦が訪れた。この依頼を発端に事件に巻き込まれるが……


33話

 甲高い声が携帯電話のスピーカーから聞こえるのを無視して電源を切った。
「今度は誘拐やて」
「誘拐? 誰が? 誰を?」
 山本にはおれが昨日女を連れてきた経緯を話してなかったこともあって、ピンとはこないようだ。
「おれが、昨日の女を」
「何ですか、それ?」
 簡単に説明したが、三人で首をかしげて、この場では不問にした。
「とりあえず現場に行こうか」
 とにかく立ち上がり、健のワゴンに乗り込んだ。
 走りながら後部の荷台を整理し、何とか二人分の居場所を確保した。途中、コンビニエンスストアーで食料と大きいボトルの飲料水を大量に買い込み、すべての準備は整った。
 四ツ橋筋からアメリカ村の一角に入り、見慣れた街並みを通り抜けて、打ち合わせた場所で停車した。周辺に違法駐車が並ぶ中で、この場所だけが空いていたのは、幸先のよいことかも知れないと、少しほくそえんだ。
 後部荷台からリアウインドウを通して、左斜め向かいに、大きな鶴と亀の置物がこれ見よがしに置いてある趣味の悪そうな骨董屋が見えた。
 その向こう側にこの古いビルの出入口が見える。一間ほどの狭い間口を塞ぐように停めてある派手な2台のバイクは、その少し奥に座り込んでいる見張り役の若い兵隊のものだろう。
「ここでいいですか?」
 健は左側の壁ギリギリに縦列駐車を決め、運転席と助手席のウインドウを半分下げてエンジンを切った。
「上等。何かあったら連絡するわ」
「わかりました。脱水症状にならんように」
 ちょうど最高気温を記録する午後2時過ぎ、手はず通り、健はワゴンを置いて仕事場へ向かった。
 傍らに潜む山本を見ると、すでに額には汗がにじみ、さっきまでエアコンで冷やされた車内は、ほんの数十秒で即席サウナとなった。
「何時間がんばれますかねぇ」
 山本が言った。若い頃はこんな状況で何時間も張り込みをさせられたものだが、正直、おれにも何時間も耐える自信はない。
 ただ、金にもならない仕事に余計な労力を使って、いつもならテンションが下がりそうなものだが、なぜか成り行き上こんな境遇に迷い込んだ自分がおかしく思え、かえって気分的にはやる気に満ちていた。
「まぁ、納期があるわけでもないし、気楽にいきましょ。昔はこんなんばっかりやったでしょ?」
 おれの言葉に山本も肩の力が抜けたのか、昔話に花が咲いた。

 余談ではあるが、この頃は探偵といっても、テレビのドキュメント番組やドラマ等で多く取り上げられて、結構、派手で格好良い存在に祭り上げられている。七つ道具などと、探偵が使う道具も紹介されて、ピンホールカメラやGPS発信機など、ハイテク小道具も駆使し、単なる浮気調査をする姿をテレビ画面を通して見るだけでも、なぜか都会的な洗練されたイメージを同業社でも持ってしまうものだ。
 しかしながら、つい数年前まではもっとアナログで、こんな風に地味な仕事振りが当たり前だった。常備するハイテク道具といえば、発信音と電波の強弱で対象車の位置をアバウトに指し示す追跡用の発信機くらいのもので、この上なく地味な仕事であった。
 真夏の都会の真ん中でエアコンなしの車内にむさ苦しい男が二人雁首を並べて張り込むなど、日常茶飯事であったが、この頃はこれが新入探偵の研修の一つになってる探偵社もあると聞くと、随分スマートになったものだと感心してしまう。

 30分して当の出入口から若い女が出てきた。白いキャミソールのシャツに黒い超ミニスカート、手には携帯電話とLVの財布らしきものを持っている。
 女が10mほど南へ歩いたところに例の黒いワゴンが北進してきて停車、女は後部座席に乗り込んだ。
「出動ですかねぇ」
 山本がニタニタ笑いながら言った。
「そやね。これから夜にかけてが忙しいんでしょう」
 おれも山本もTシャツに短パンの軽装だが、シャツは頭から水をかぶったように汗で濡れていた。首からかけたタオルで10分と経たない間隔で顔を拭くため、湿った肌触りに早くも嫌気がさしてきた。


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32話

 長いドライブを終えて、目的地にたどり着いた。運転手に周りをよく確認してから建物の中に運び込むよう頼み、入り口のカギを渡した。
 畳6〜8畳分くらいはある大きな引き戸をあける音がして、おれと山本は建物の中に運び込まれた。やっと外気に触れることが出来た開放感を少しは味わったが、建物内の埃っぽさとかび臭さで爽快な気分は味わえなかった。
 ここは3年前に、ある調査を持ち込んできた依頼人が、調査料金の代わりに担保として差し出したボート小屋だ。建坪が30坪はあるバラック建てのこの建物は、10数年前までは某大学のボート部が使用していたが、廃部と共に空き倉庫になっている。
 ボート専用の倉庫であるため、中央の5m程の板張りの床がスロープ状に裏の木津川まで続き、収納したボートをそのまま川に浸水させることができる構造が、この物件を処分できなかった最大のデメリットでもあった。
「ここは……?」
 ダンボールの中で丸まっていた山本が目を覚まし、広い倉庫内に声が響いた。
「別荘ですわ」
 山本はダンボールから痛々しいそうに抜け出して、まるで洞窟の中を点検するかのように恐る恐る中を見て回った。
 おれは裏にあるこれまた大きな引き戸二枚を全開にし、澱み切った空気を入れ替えた。
「えらい凝った別荘ですねぇ」
「追い込み(が)かかったら、こっから泳いで逃げれるでしょ」
 いたずらっぽく笑っておれが言うと、山本の顔も緩んだ。調子に乗って、山本の背中を軽く押すと、つんのめるように4〜5歩足を出し、両手を大きく回してバランスをとって、水面の1mほど手前で止まった。
 二人でじゃれあっている間に、トラックの中で連絡しておいた手筈通り健が車で到着した。表の引き戸を開けて車を倉庫内に格納するよう手招きし、三人で倉庫の2階にある部屋に入った。
 夏の日差しで熱せられたトタン屋根の熱気がこもる部屋で、健が買ってきたコカコーラで喉を潤しながら、今後の作戦の打ち合わせに入る。
「見てきてくれた?」
 おれは、昨日、ユキに聞いたヤツらのアジトの下見を健に頼んでいた。
「はい。5階建ての古いマンションですわ。表に見張りみたいな若いのが2〜3人常にタムロしてます」
「張込みは?」
「ちょっと北へ入ったとこに車置けるスペースがありますわ。僕、その先に知り合いが屋台出してますし、手伝いにいくようなふりして車止めとけますけど」
「どれくらい置けそう?」
「8時か9時までは屋台やってますから大丈夫と思います」
 健の車はテキ屋仕様のハイエース。座席後部の荷台は屋台道具が詰まっていて、フィルムが貼られていることもあり、張込みにはもってこいである。ただ、何時間もその車の中でジッとしていられるかは不安ではあるが。
「張込んで何見ますの?」
 山本が不安げに口を挟んだ。
 おれはカッターシャツの胸ポケットから久美と真理が写った例の写真をとって、テーブルの上に置いた。
「マリアを捉える」
 二人の視線がおれの目に集まった。おれは交互に目を合わせながら、
「こいつがすべてのカギを握ってる」
 と、言い切った。
 二人は黙って自らを納得させるように小刻みに何回も頷き、お互いの視線を交換した。
 緊張した雰囲気の中で、おれの携帯が鳴った。 見覚えのない着信番号がディスプレイに表示された。
 受話ボタンを押して、相手の声を聞くため少し間をおいた。
「ああ、天野さんか?」
 最近どこかで聞いたことのある声だ。男は続けた。
「遠藤です。ミナミ署の」
 遠藤という名前に覚えがないが、取調べ担当のあの中年刑事だろう。
「何か……?」
「さっき事務所に寄せてもろてんやけど、留守やったから」
「ちょっと急な出張ですわ」
「どちらにいてはんの?」
「東京で〜す」
「そらアカンなぁ。聞きたいことあってんやけど……。いつ戻ってくる?」
「当分戻りません」
「そうか。実は少女誘拐のことで話聞きたいんや? 出頭してくれるか?」
「ショージョユウカイ? 何それ?」
「お前が連れて出たデート嬢や。ネタはあがってんねん」
「その前に売春で挙げんかい、あっちを」
「ごちゃごちゃ言うなっ。どこにおるんやっ!」
 刑事は強硬な態度で立て板に水で捲し上げてきた。
 いつもながら不可思議な警察の反応には首をかしげてしまう。彼らにしてもそれなりの手続きを踏んでの捜査なのだろうが、未成年の売春娘が誘拐されたなどと誰が110番するだろう?
 まさか匿名の情報で動いているとも思えないが……。


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31話

 寝苦しさにもがきながら、あまりスッキリとしない朝を迎えた。どううやら三人の中ではおれが一番の早起きのようだ。
 時間は9時を少し回り、夏の熱い太陽が部屋の中を容赦なく照らしていた。つけっぱなしにしていたクーラーが悲鳴をあげそうな勢いで強風を吹き出していたが、体全体にべっとり寝汗をかくほど、部屋の中は蒸し返していた。
 冷蔵庫の中から麦茶が入ったペットボトルを取り出してラッパ飲みし、そのままシャワーに向かった。
 生ぬるい水を頭からかぶり、爽やかではないが、とりあえず気分を変えた。
 長い一日の始まりを予感し、いつもより余計に時間をとった。
 シャワーを出ると、冷蔵庫の前で、さっきのおれと同じ恰好で麦茶をカブ飲みするユキの姿があった。おれの気配を感じでもグビグビ音を立てて飲んでいる。
「どうや、お目覚めは?」
「最悪」
 人の家に居候しておきながら、失礼にもほどがるというものだが、最近の若いヤツはこんなもんだ。
「部屋あるっつってたやん?」
「あぁ、302号ね。そっち行っとく?」
「そうする。カギ貸して」
 デスクの引出しから部屋の鍵を出して渡し、裏のらせん階段を下りて部屋に行くように言った。
「絶対出るなよ」
 念押しの一言にユキ黙って頷き、事務所のドアを開けて、あたりの様子を確認して送り出した。
 彼女がらせん階段を下り、3階のドアが閉まる音を確認して事務所に戻る。
 山本が顔を歪めながら立ち上がり、今日はなんとか行けそうなので一緒に行くと言う。
「やめた方が……」
「いや、行かな気が済みません」
 そう言われると、止める理由もないので、15分したら出ようと身支度を急がせた。
 事務所の電話でいつもの宅配に電話をする。
「荷物が2個あるけど、近く回ってる?」
「毎度、すぐ行けますよ」
 15分後に台車を持ってくるよう頼み、エレベーターを3階で降りて、階段で上がってくるように付け加えると、何かあると察して、少し間をおいて、了解、と、返事が返ってきた。
 電話を切った後、忙しく動き回って作業をするおれの姿を山本が横でじっと見ている。
「何しはりますの?」
 おれは無言で、ベランダに片してあった引越し用の大きいダンボール箱を組み、二つ繋げた。
「出かける準備」
 満足げな顔で言うおれの姿を不思議そうな顔で見入っているのが妙に可笑しい。
 忙しく作業をしている間に宅配屋がやってきた。
「毎度!」
 おれも毎度と返し、何も言わずにポケットから福沢諭吉を3枚取り出して、行き先を書いた紙と一緒に宅配屋に手渡し、ダンボールに入った。
「ど、どないしますの?」
 山本はちょっと慌てたが、横にある同じダンボールに入るよう言うと、やっとのみ込めたのか、痛そうな体を痛々しくおりながら、箱の中に入って行った。
「ほな、頼むで」
「わかりました。これって前に配達したところですね」
「そうそう」
 宅配屋も熟れたもので、まずは山本のダンボールを梱包し、事務所を出、続けておれをトラックに運び込んだ。
「その先に黒いワゴンが止まってるやろ?」
「はい、ありますね」
「その横を通ってくれる?」
 宅配屋は静かにトラックを発進させ、渡辺のワゴンの横を通った。ダンボールに開けたのぞき穴から、やつのワゴンの運転席を見ると、大口を開けて居眠りをこいている。
 間違いなく起きたら重度の寝違いになるほど、首を後ろに大きく折り曲げているのが気の毒にさえ思われた。
「尾けてくるやつは?」
 宅配屋に後ろを気遣うよう言った。
「このままあそこに行ったらいいですか?」
「いや、2時間ほど配達に回ってからにして」
 もしかすると尾行をされているかも知れない。安全策として遠回りをして目的地まで配達するよう頼んだ。
 30分して少し安心できた。まずは第一関門を突破した。熱気で蒸し返す荷台にいるのも限界があるがダンボールの天井を開けて、少しの外気を吸い込むだけで辛抱した。
 山本に声を掛けるが眠っているのか返事は返ってこない。天井をたたくと、寝返ったのか、ごそごそ動く音が聞こえた。



この物語は完全なフィクションです。登場する人物、団体等の名称はすべて架空のもので、実在する人物、団体等とは何ら関係ありませんので、御了承下さい。


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